たとえ子供たちを連れていなかったとしても、弥生一人でもこの場から逃げ出すのは無理だった。
ましてや今は、彼女のスマホも弘次の手元にあった。
ここまでして自分を国外に連れてきたのだから、きっと彼は弥生の身分証やパスポートまでどうにかして手に入れているのだろう。
一体どうやって?食事を作っていたとき、部屋に入って探したのか?
そんなことを考えながら、弥生は内心苛立っていた。
だから、弘次が自分のそばに来た瞬間、弥生は切り出した。
「......私のスマホ、返してもらえる?」
万が一、またごまかされないように、先に念を押した。
「飛行機を降りたら返すって、さっき言ったわよね?」
「うん」
弘次は今回、約束を破らずにポケットからスマホを取り出し、彼女に手渡した。
弥生は一瞬、彼の行動は自分の錯覚かと思った。
もしかして、飛行機の中での自分の言葉が少しは響いた?
いや、たとえそうでも、本当に少しだけなのだろう......
ところが、スマホの電源を入れた瞬間、弥生は異変に気づいた。
中に入っていたはずのSIMカードが差し替えられていた。
今使われているのは、どうやら現地仕様のカードらしい。
これじゃ、スマホを返されたって意味がない。
弥生は呆れて、弘次の方を見た。
「......なんで、私の同意もなくSIMカードを替えたの?」
そう言いながら、自分でも可笑しくなった。
何を今さら聞いてるの?
同意もなく国外に連れ出されたのに、SIMカードごときで驚くなんて。
「日本のSIMカードはここじゃ使えないから」
弘次はいつも通りの穏やかな口調で答えた。
「だから、事前に新しいのを用意しておいたんだ。安心して使って」
弥生がラインを開くと、アプリは再インストールされており、アカウントも新しく作られていた。
連絡先に登録されているのは、弘次と友作の二人だけだった。
連絡帳もまっさらで、まるでスマホ自体が完全に初期化されたようだった。
もう我慢できそうになかった。弥生は怒りを爆発させそうになった。
「......ママ?」
ちょうどそのとき、下で待っていた子供たちが彼女を呼んだ。
弥生が目を向けると、二人の澄んだ瞳がじっと自分を見つめていた。
子供の前で怒っちゃダメ。
絶対怒っちゃダメ。
何度も何度も心の中でそう繰り返して、